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私の場合の恋愛から結婚に至るまで

今でこそ遠距離恋愛は極当たり前になりましたが私と主人が遠距離恋愛をしていた頃は丁度始まりでした。テレビのCMでシンデレラエクスプレスが流れるようになり東京21時発新大阪行きの新幹線のホームは遠距離恋愛のカップルが数メートルおきに別れを惜しんでいる風景がテレビで流されるようになりました。私は流石にそれには乗った事がなかったのですが、主人が新大阪21時発東京行きに乗って一度だけ帰った事がありました。新大阪のホームでも同じような光景が繰り広げられていました。
最初のデートはお決まりの東京ディズニーランドでしたが二回目からは新幹線の止まる駅で出来るだけ東京と大阪の真ん中辺りで会うようにしました。二度目のデートは名古屋駅で会いました。主人は名古屋が大阪よりなのを知らなかったみたいで、待ち合わせに一時間程遅れてきました。その後は浜松で二度程会いました。お金のかかるデートでした。
結婚を前提に付き合っていたので特に泊まりも気にしませんでした。しかし母親から電話がある度喧嘩になり疲れました。親世代は見合いが主流で私の両親も見合い結婚だったので、電話の向こうで“どこの馬の骨だ”とよく怒鳴ってました。まだまだ田舎では恋愛結婚は難しかった時代です。
そんな事を言っているから兄は婚期を逃し、従妹の女子2人も全然結婚することなく独身貴族ばっかりになってるんじゃないのかなっと思います。恋愛万歳って思います。
お盆に彼を両親に合わせてからは何も言わなくなりました。
結婚式はこれがまた大変でした。私達2人は式自体は上げるつもりもなく披露宴だけを会費制でやりたかったのですが、これには彼の両親、特に母親が猛反対。仕方なく仲人を当時の社長に頼んで式を上げる事になりました。
遠距離だった事もあるのですが彼の親戚が山口県で私の親戚が岡山県、彼の友達や会社関係者は東京近辺だったので、結局一番便利の良い東京駅の駅ビルにあった結婚式場で上げました。
彼の母親がお金は自分が出すから心配しなくてもいいのよと言ってくれたので、甘える事にしました。しかしやはりお金と一緒に口も出してきたのです。式場が神前式だったので白無垢と赤の家掛けとあとお色直しにウエディングドレスで良いと思っていたら、もう一つドレス着なくていいのと母親からの意見が・・良いんです。私着せ替え人形じゃないですからと内心思いながら、大丈夫ですとその提案はやんわりと断りました。
また、引き出物は荷物になるからギフトカタログを選んだのですが、またまた口を出して来てこっちの方が良いんじゃないのと大きそうなものを指して言うので、山口まで帰られるのにそんな大きな荷物重いばかりですよとその提案もお断りし、結婚式から嫁姑戦争になりそうでした。つくづく親にお金を出してもらうものじゃないと猛反しました。
そんなこんなで早25年経ちました。いろいろあったけど彼と結婚した事に全然後悔はありません。